2026年9月、筑波大学の柳沢正史教授とスタンフォード大学のエマニュエル・ミグノー教授に「2026年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞」が授与されることが発表されました。ノーベル生理学・医学賞に次ぐ栄誉ともいわれるこの賞が評価したのは、脳内物質「オレキシン」の発見と、それが不足すると起こる睡眠障害「ナルコレプシー」の仕組みの解明です。
「睡眠研究がここまで大きく評価される時代が来た」と柳沢教授自身も喜びを語ったというこのニュース、実は私たちの毎日の「眠り」を見直す絶好のきっかけでもあります。今回は、受賞の中身をかんたんに紐解きながら、今日から実践できる睡眠改善のヒントをまとめてみます。
「オレキシン」って何? 28年前の発見が新薬を生むまで
話は1998年にさかのぼります。柳沢教授らの研究チームは、脳の視床下部というところに存在する新しい神経ペプチドを発見し、「オレキシン」と名付けて学術誌『Cell』に報告しました。当初は食欲を促す物質として注目されていましたが、その後の研究で「覚醒状態を保つ」という、もっと重要な役割を持つことがわかってきます。
1999年、柳沢教授のチームはオレキシンを作れないマウスが、ナルコレプシーによく似た症状(起きているべき時間に突然眠り込んでしまう)を示すことを実証しました。一方、共同受賞者のミグノー教授は、ナルコレプシーを起こす犬の遺伝子を調べ、オレキシンの受容体に変異があることを突き止めました。まったく違うアプローチをとっていた2つの研究チームが、ほぼ同時期に同じ「オレキシン」という分子にたどり着いたのです。
この発見は、その後の睡眠医療を大きく変えました。現在では「オレキシン受容体拮抗薬」が不眠症治療薬として世界中で使われ、逆にオレキシンの働きを補う薬がナルコレプシーの治療薬として承認されています。基礎研究の発見が薬になるまで約28年。地道な研究の積み重ねが、多くの人の睡眠を助ける形につながったわけです。
なぜ今、睡眠研究がこれほど注目されるのか
睡眠不足や睡眠の質の低下は、日中の眠気や集中力の低下だけでなく、生活習慣病やメンタルヘルスとの関連も指摘されており、社会全体の課題として認識されるようになってきました。今回のラスカー賞受賞は、「よく眠ること」が単なる生活習慣の話ではなく、脳科学・医学の重要なテーマであることを改めて示した出来事だといえます。
柳沢教授は現在も、睡眠や冬眠の仕組みを人為的にコントロールする研究を進めており、将来的には「眠りをデザインする」時代が来るかもしれません。とはいえ、最先端の研究成果を待たずとも、今日の夜からできる工夫はたくさんあります。次の章では、睡眠研究者が提唱する実践的なポイントを紹介します。
今日からできる睡眠改善のヒント
睡眠研究者が提唱する考え方の中でとくに印象的なのが、「加点法ではなく減点法」という発想です。「これをやれば眠れる」という特効薬を足していくのではなく、眠りを邪魔している要因を一つひとつ取り除いていく、という考え方です。具体的には、次のようなポイントが挙げられます。
- 就寝1〜2時間前は照明を落とす:明るい光や強い光色は脳を覚醒させやすいため、暖色系の照明に切り替えるのがおすすめです。
- スマホは「明るさ」より「中身」に注意:画面の明るさを下げるだけでなく、興奮するニュースやSNSなど、脳を刺激する情報を見ないようにすることが大切です。
- 寝室は「暗く・静かに・適温」を最優先:寝室環境を整えることは、睡眠の質を左右する基本中の基本です。
- 寝酒はできるだけ控える:アルコールは寝つきをよくするように感じても、実は睡眠の後半を浅くし、いびきや無呼吸を悪化させることがわかっています。
- 毎晩同じ「入眠儀式」を作る:ストレッチや読書など、決まった習慣を続けることで、脳が「そろそろ眠る時間だ」と認識しやすくなります。
- 眠くなってから布団に入る:眠くないのに布団で長時間過ごすと、脳が「布団=眠れない場所」と学習してしまうことがあります。
- 日中の短い仮眠(パワーナップ)を活用する:午後の早い時間に15〜20分程度の仮眠を取ると、夜の睡眠に影響を与えにくく、日中のパフォーマンス向上にも役立つとされています。
- 睡眠を「後回しにしない習慣」として位置づける:食事や運動と同じように、睡眠も生活の優先事項として扱うことが、長期的な健康につながります。
どれも特別な道具や大きな出費が必要なものではなく、今晩からすぐに試せるものばかりです。まずは1つか2つ、自分の生活に取り入れやすそうなものから始めてみるのがよさそうです。
まとめ
2026年のラスカー賞は、「眠り」という誰にとっても身近なテーマが、世界最先端の医学研究の対象であることを改めて教えてくれました。オレキシンの発見から不眠症・ナルコレプシー治療薬の誕生まで約28年という歳月は、地道な基礎研究の積み重ねがいかに大切かを物語っています。
私たちにできることは、その研究成果をありがたく受け取りつつ、日々の睡眠習慣を少しずつ整えていくことです。照明を落とす、寝酒を控える、パワーナップを取り入れるなど、できることから一つずつ試して、質の良い眠りを積み重ねていきましょう。


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